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神戸地方裁判所 昭和60年(ワ)973号 判決

原告

小川良子

右訴訟代理人弁護士

小牧英夫

被告

臼井正二

小畑貴美子

右被告両名訴訟代理人弁護士

中村良三

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  原告(請求の趣旨)

1  被告らは原告に対し、別紙物件目録二記載の建物を収去して同目録一記載の土地を明渡せ。

2  被告らは各自原告に対し、昭和五二年一二月一日から昭和六〇年七月三〇日までは一か月につき金五〇〇〇円の割合による金員、昭和六〇年七月三一日から第1項の明渡ずみまでは一か月につき金一万円の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  仮執行宣言

二  被告ら(請求の趣旨に対する答弁)

主文同旨

第二  当事者の主張

一  原告(請求原因)

1  原告の夫である訴外小川重吉(以下「亡重吉」という。)は、別紙物件目録一記載の土地(以下「本件土地」という。)を所有していたところ、同人は昭和四一年一二月三日死亡し、原告は相続により本件土地の所有権を取得した。

2  被告臼井正二(以下「被告正二」という。)は被告小畑貴美子(以下「被告貴美子」という。)の実父であるところ、昭和三五年六月三〇日本件土地上に別紙物件目録二記載の建物(以下「本件建物」という。)を建築・所有して被告貴美子ら家族とともに居住し、右土地を占有している。

3  本件土地占有に伴う賃料相当損害金は、昭和五二年一二月一日から昭和六〇年七月三〇日までは一か月金五〇〇〇円、昭和六〇年七月三一日以降は一か月金一万円である。

よつて、原告は、被告らに対し、本件土地の所有権に基づき、本件建物収去・本件土地明渡を求めるとともに、被告ら各自に対し、昭和五二年一二月一日から昭和六〇年七月三一日まで一か月金五〇〇〇円の、昭和六〇年七月三一日から右明渡ずみまで一か月金一万円の各割合による賃料相当の損害金の支払を求める。

二  被告ら(請求原因に対する認否)

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実中、被告貴美子が本件建物に居住していることは否認し、その余の事実は認める。

3  同3は争う。

三  被告ら(抗弁)

1  賃貸借契約の成立

(一) 昭和三五年六月七日、被告正二は、亡重吉から本件土地を、期間三年、バラック建物建築目的、無償の約で借り受けた。

(二) 当初、地代はいらないとの約束であつたが、昭和三五年秋ころ、被告正二は、亡重吉から地代を払うようほのめかされたため、同年年末から毎年八月と一二月の二回各三〇〇〇円宛、亡重吉に対し、本件土地の地代として支払つた。従つて、被告正二・亡重吉間の右(一)記載の契約は、同年秋ころ賃貸借契約となつた。

(三) 昭和三八年六月ころ、右三年の期間の満了に伴い、亡重吉・被告正二は協議した結果、期間の定めなく、従前どおり契約を継続することとなつた。その後の半年分の地代及びその支払状況(毎年八月と一二月に各半年分後払)は次のとおりである。

昭和三八年一二月から昭和四二年一二月まで 金六〇〇〇円

昭和四三年八月から昭和四四年一二月まで 金九〇〇〇円

昭和四五年八月及び一二月 金一万円

昭和四六年八月及び一二月 金一万二〇〇〇円

昭和四七年八月及び一二月 金一万五〇〇〇円

昭和四八年八月から昭和四九年一二月まで 金二万円

昭和五〇年八月及び一二月 金二万三〇〇〇円

昭和五一年八月 金二万四〇〇〇円

昭和五一年一二月以降の地代は、その受領を拒絶されたため、供託している。

2  賃借権の時効取得

仮に、本件土地につき賃貸借契約が成立していないとしても、被告正二は昭和三五年秋ころから平穏公然に本件土地を賃借の意思をもつて占有してきたものであり、その占有の始め善意無過失であつたので、昭和四五年秋ころ本件土地につき建物所有を目的とする賃借権を時効取得した。仮に、占有の始め善意無過失でなかつたとしても、昭和五五年秋ころ右賃借権を時効取得した。被告正二は本訴において、右時効を援用する。

3  使用貸借契約の成立

仮にそうでないとしても、亡重吉・被告正二間には、昭和三八年六月ころ、本件土地につき本件建物所有を目的とする期間の定めのない使用貸借契約が成立した。

四  原告(抗弁に対する認否)

1  抗弁1の各事実はいずれも否認する。

2  抗弁2の主張は争う。賃借権の時効取得成立のためには、単に土地の継続的な用益の事実のみでは足らず、それが賃借の意思に基づくものであることが客観的に表現されていることが必要であるところ、被告らは原告又は亡重吉に対し、中元又は歳暮として金員を支払つたことはあつても、本件土地の地代として金員を支払つたり、支払のために提供したことは全くないから、賃借権を時効取得するはずはない。

3  抗弁3の事実は認める。

五  原告(再抗弁)

1  亡重吉は昭和四一年一二月三日死亡し、原告は相続により本件土地の使用貸借契約上の貸主の地位を承継した。

2  本件土地の使用貸借は、長期間におよんでいるところ、その目的が一時使用のためのバラック建住居の建設にあつたことに照らすと、「使用及び収益をなすに足る期間」(民法五九七条二項)を優に経過したものというべきである。

3  原告は昭和五二年一〇月二一日被告正二に対し、使用貸借契約の終了を理由として本件土地の返還を請求した。

六  被告ら(再抗弁に対する認否)

抗弁2の主張は争う。同3の事実は認める。

原告は被告正二が昭和四四年秋ころ行つた本件建物の増改築を承諾し、昭和四八年七月に便所水洗化に伴う水道管の取替工事を承諾しているところ、本件土地の使用収益の必要は本件建物の使用収益の必要がある限り存続するのであり、被告正二は本件建物を所有して妻ひさよとともに居住しているから、本件使用貸借契約の目的たる使用収益を終えたものとはいえない。

七  被告ら(再々抗弁)

被告正二と妻ひさよはいずれ七〇歳以上の高齢者であり、しかも被告正二は昭和五二年に脳血栓で倒れ寝たきりの状態にある。被告らには長女被告貴美子がいるが、同人は結婚して市営住宅に居住しているところ、被告らを引き取つて同居することは無理な状態にある。他方、原告は本件土地を含め約一〇〇〇坪の土地を所有し、うち約六〇〇坪の土地を賃貸しており、殊更本件土地の明渡を求める必要性などないにも拘わらず、被告正二が亡恩行為をしたとしてそれのみを理由として明渡を求めている。以上の事実に照らすと、原告の本件土地明渡請求は権利の濫用というべきである。

八  原告(再々抗弁に対する認否)

再々抗弁事実中、被告正二とその妻ひさよが七〇歳をすぎていること、被告正二が寝たきりであることは認める。

原告が所有している土地は約六二四坪であるところ、そのうち約一四〇坪は急峻な傾斜地(崖)であつて使用することはできず、約六〇坪は私道であり、約三五五坪は他に賃貸しており、残余は本件土地とその東隣の空地である。原告に本件土地を直ちに使用しなければならない特段の必要性はないものの、本件土地の北側は高い崖になつており土砂崩れの危険があるから本件建物を収去する必要性があるうえ、本件土地をその東側の空地とあわせて駐車場とする計画がある。原告は被告らの窮状をおもんばかつて好意的に使用貸借を継続してきたのであり、明渡を求めた後も当初は調停手続によるなど、可能な限りの譲歩を続けてきた。以上のとおり、本件請求が権利濫用となる余地はない。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1の事実(本件土地・原告所有)並びに同2の事実中、被告貴美子が本件建物に居住していることを除く事実(本件建物・被告正二所有、被告正二・本件土地占有)は、いずれも当事者間に争いがない。そして、証人臼井ひさよの証言によれば、被告貴美子は昭和四五年五月ころ結婚し、以来本件建物に居住していないことが認められ、右認定に反する証拠はない。

二〈証拠〉によれば、次の事実が認められ、〈証拠〉中、右認定に反する部分は前掲各証拠に照らし措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

1  昭和一九年ころから、被告正二の妻ひさよは、亡重吉から、本件土地の東側の土地(以下「従前土地」という。)を賃借し(後記競売時の賃借面積約七〇坪)、その土地上に自宅建物を所有していた。

2  昭和三五年ころ、被告正二は多額の債務を負い、右ひさよ名義の建物が競売され、被告正二一家は住むべき家を失つた。

3  ひさよは亡重吉に対し、当時空地であつた本件土地にバラック建ての居宅を建てさせてほしい、被告正二及びひさよには多額の借金があるので借主は同人らの長女被告貴美子名義にしてほしい旨懇請し、亡重吉は本件土地の西側が崖になつており住居敷地としての安全性に欠ける点などから難色を示したものの、結局は承諾し、その結果、昭和三五年六月七日、被告貴美子・亡重吉間に、本件土地につき、一時使用目的(但し、バラック建住居建築可、期間三年、借主は、右期間内に今後の方針を考えて、期間満了後に契約更新するか建物を収去して土地を返還するかを貸主に相談する。)の使用貸借契約が成立した。なお、右契約は、亡重吉が依頼した弁護士の起案にかかる契約書(甲第三号証)によりなされた。そして、被告正二一家は本件土地上にバラック建物を建築し、同年七月ころから同所に居住した。

4  右期間満了前ころ、被告正二の代理人であるひさよは亡重吉に対し、他に行き先もないので従前どおり本件土地を使用させてもらいたい旨申入れ、その了承をえた。

5  被告正二の代理人であるひさよは亡重吉あるいは原告に対し、毎年八月、一二月に中元、歳暮として品物を贈り、時には商品券等を添えていたが、おそくとも昭和四二年ころからは、毎年八月及び一二月に、品物に添えるなどして中元、歳暮名下に現金を贈るようになつた。うち、ひさよ作成にかかる家計簿の記載上、的確に認められるその支払状況は、次のとおりである。

昭和四二年八月、同四四年八月及び一二月 金九〇〇〇円

昭和四五年八月 金一万円

昭和四七年八月 金一万二〇〇〇円

昭和四七年一二月 金一万五〇〇〇円

昭和四八年八月 金一万八〇〇〇円

昭和四八年一二月、同四九年八月、一二月 金二万円

昭和五〇年八月、一二月、同五一年八月 金二万三〇〇〇円

6  昭和四四年ころから、原告は被告正二に対し、何度か本件土地の明渡をもとめたが、同被告はこれに応じず、逆に正式の賃貸借契約の締結方を要請し、あるいは本件土地の購入方を要請したが、権利金あるいは売買代金の金額の点で折り合いがつかず、従前どおりの契約関係が続いた。

7  昭和四二年秋ころ、水害により本件土地の西側の崖が崩れる事故が発生した際、原告は被告正二に対し、前記同被告が原告に交付した現金を返却した。

8  昭和四四年ころ、被告は本件土地上のバラック住宅を改造し、屋根をカラートタン葺に、壁をモルタルにし、風呂を設置した。また、昭和四八年七月ころ、便所水洗化に伴う給水工事につき、原告は神戸市水道局長に対し、本件土地の使用を承諾した。

9  昭和五一年暮、ひさよが原告に対し、例年のごとく歳暮として現金を交付しようとした際、従来中元、歳暮として交付してきた金員は地代に見合うものである旨述べたため、原告はその後金員の受領を拒絶した。

右経過で、被告正二はその後地代として金員を供託し、原告は被告両名に対し、昭和五三年ころ、本件土地の明渡を求める調停を申立たが、不調に終わり、本件訴訟に至つた。

三右認定事実を前提に検討する。

1 昭和三五年六月七日亡重吉・被告貴美子間に成立した契約は、その契約書(甲第三号証)の文言どおり、使用貸借契約と認められる(被告らは従前土地を明渡し、以降、代わりに本件土地を賃借した旨主張し、証人臼井ひさよの証言中にはこれにそう供述部分があるが、措信できない。)。また被告らは昭和三五年秋ころから継続的に地代相当の金員を支払つてきたから、同時期以降は右契約は賃貸借契約となつた旨主張するが、証拠上明確に認められる支払状況は前記二5のとおりであつて、昭和三五年秋ころに地代相当の現金あるいは商品券を交付していたものと認めるに足りる的確な証拠はないから、右被告らの主張は理由がない。そして、前記二4認定のとおり、昭和三八年六月ころ右使用貸借契約は協議により更新され、かつ、その際借主を実質関係にあわせて被告正二としたものと認められるから、右時期以降、亡重吉・被告正二間に期間の定めのない従前どおりの使用貸借契約関係が存続していたものというべきである。

2 前記二5認定のとおり、おそくとも昭和四二年以降、被告正二は原告に対し、毎年八月及び一二月、現金を交付してきたことが認められるところ、〈証拠〉によれば、ひさよは近隣の原告賃貸地の賃借人からその賃料額をきいてそれを参考に持参する金額をきめたため、その金額は近隣の地代にほぼ見合う金額であつて、近隣の地代の上昇に伴いその金額も上昇してきたことが認められる。他方、原告主張のとおり、原告所有の他の土地の賃借人に対しては賃料の授受は毎月通帳をもつてなされているのに対し、被告正二に対しては、右通帳は交付されておらず、しかも、中元、歳暮名下に毎年八月、一二月にその支払がなされていること、前記二6認定のとおり、昭和四二年以降も当事者間で本件土地の賃貸借契約あるいは本件土地の売買契約の交渉がなされたが合意に至らなかつた経緯が認められること、昭和五一年暮、ひさよが原告に対し、地代として現金を交付する旨告げたところ、即座にその受領を拒絶したこと等の事実によれば、原告の主観的意図としては、地代として現金を受領したことはなかつたものと一応は認められる。しかしながら、賃貸借契約か使用貸借契約かは、その貸借が対価を伴うものであるか否かにより決せられるべきものであり、交付された現金等が対価性を有するか否かは、当事者の主観的意図を無視はできないものの、これにとらわれることなく客観的に判断すべきものであるというべきところ、前記のとおり、おそくとも昭和四二年以降毎年八月及び一二月に継続的に近隣の地代半年分に相応する金額の支払がなされていること、本件使用貸借契約締結及びその更新時における亡重吉の被告らに対する恩恵的処遇を背景として、右更新後においては、地代相当の金額の受領は当然との意識が当事者双方にあつたものと伺われること、前記二7、8認定のとおり、水害による崖崩れ発生時に原告は被告正二に対し交付を受けた現金を返却していること、バラック住宅改造について原告は事後的に事実上これを黙認したものと認められること(証人小川浩彦の証言によれば、右改造の事実を原告が知つたのは昭和四七年ころと認められる。)等の事実を総合勘案すると、被告正二が交付した右金員は客観的には本件土地の貸借の対価たる性質を有していたものと認めるのが相当である。

3  とすれば、原告・被告正二間に、本件土地につき、おそくとも原告がバラック改造の事実を知つた昭和四七年には、黙示的に本件建物所有を目的とする賃貸借契約(従つて、その存続期間は三〇年である。借地法二条一項本文)が成立したものと認めるのが相当である。(なお、前記使用貸借契約の締結・その更新の経緯に照らすと、右賃貸借契約が一時使用のためのものである余地がないではないが、本件においてはその主張がないうえ、前記使用貸借契約が期間の定めのないものとして更新されたことによると、右賃貸借契約が一時使用のためのものと認めるに足りない。)

四以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、原告の本件請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり、判決する。

(裁判官杉森研二)

別紙物件目録

一 神戸市長田区大谷町三丁目三番一

宅地 二〇六四・二一平方メートルのうち

宅地 九〇・七二平方メートル

但し、別紙図面〈省略〉

二 神戸市長田区大谷町三丁目三番地一所在

家屋番号三番一の四

木造亜鉛メッキ鋼板葺平家建居宅

四五・四七平方メートル

別紙図面〈省略〉

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